診断のプロセス2

陽性的中率

所見が陽性の場合の疾患確率を陽性的中率 Positive Predictive Value (PPV)と呼ぶ。検査後確率 Post-test、事後確率とも呼ばれる。


ベイズの定理 Bayes theorem[2]を用いると、P(D+|S+)またはP(D+|T+)に相当し、すなわち、所見が陽性という条件が与えられた際に疾患である確率に相当し、次の式で表される:

P(S+|D+)P(D+)
P(D+|S+) = --------------
P(S+)


P(T +|D+)P(D+)
P(D+|T+) = --------------
P(T +)


P(S+|D+)またはP(T+|D+)はその疾患に罹患している場合に症状が陽性の確率あるいは検査が陽性の確率を表す。すなわち、感度に相当する。

P(D+)は事前確率で、症状が陽性であることを知る前の、あるいは、検査結果が陽性であることを知る前の疾患確率である。検査前確率とも呼ばれる。多くの場合には、問診を終えた時点での、医師のPhysician’s index of diagnosis診断確信度である。あるいは、どの時点においても、主観的な診断確信度を用いても良い。

P(S+)またはP(T+)はその症状が陽性にでる確率、または、その検査が陽性に出る確率である。多くの疾患および健常者で陽性に出る場合には、次の式で表すことが出来る。D0を健常者とし、D1, D2, …Di,….Dnを疾患とする:

n
P(S+) = ΣP(S+|Di+)P(Di+)
i=0


n
P(T+) = ΣP(T+|Di+)P(Di+)
i=0


表1のように、疾患のある/無しの2群に分けて考える場合には、次の式でも陽性的中率を算出することが出来る

感度×事前確率
PPV = -----------------------------------------
感度×事前確率+(1−特異度)×(1−事前確率)


1−特異度は偽陽性率である。1−事前確率は疾患で無い確率に相当する。

陽性的中率は1)事前確率、2)感度、3)特異度3つの要素によって決まる。


*所見が陽性でも疾患でない確率

1−陽性的中率

感度 Sensitivityと特異度 Specificity

表1.症状・検査結果と疾患の有無
疾患(+)疾患(−)
所見陽性ab
所見陰性cd
aからcは人数を表す[1]。

感度 = (真)陽性率 = a/(a + c)
特異度 = (真)陰性率 = d/(b + d)
偽陽性率 = b/(b + d)
偽陰性率 = c/(a + c)

陽性尤度比 Likelihood ratio for a positive finding (LR+) = 陽性率/偽陽性率
= [a/(a + c)]/[b/(b + d)]

陰性尤度比 Likelihood ratio for a negative finding (LR-) =偽陰性率/特異度
= [c/(a + c)]/[d/(b + d)]

*陽性尤度比とはその所見が患者でどれ位陽性に出やすいかを表す指標となる。

陰性的中率

所見が陰性の場合の疾患でない確率は、陰性的中率 Negative Predictive Value(NPV)と呼ばれる。

ベイズの定理を用いると、次の式で表される:

P(S−|D−)P(D−)
P(D−|S−)= ----------------
P(S−)


P(T−|D−)P(D−)
P(D−|T−)= ----------------
P(T−)


n
P(S−) = ΣP(S−|Di+)P(Di+)
i=0

  
n
P(T−) = ΣP(T−|Di+)P(Di+)
i=0

疾患あり/無しの2群で考える場合には:

特異度×(1−事前確率)
陰性的中率 = ----------------------------------------
特異度×(1−事前確率)+ (1−感度)×事前確率

*所見が陰性でも疾患である確率

1−陰性的中率

複数の疾患を考える場合

所見が陽性の場合のそれぞれの疾患の事後確率の比は、事前確率とそれぞれの疾患における所見陽性率を掛け算した値の比になる。ベイズの定理における分母は共通なため、無視することが出来る。

P(D0+|S+):P(D1+|S+):…:P(Di+|S+):…:P(Dn+|S+)
= P(S+|D0+)P(D0+):P(S+|D1+)P(D1+):…:(S+|Di+)P(Di+):…:P(S+|Dn+)P(Dn)

P(D0+|T+):P(D1+|T+):…:P(Di+|T+):…:P(Dn+|T+)
= P(T+|D0+)P(D0+):P(T+|D1+)P(D1+):…:(T+|Di+)P(Di+):…:P(T+|Dn+)P(Dn)


症状S陽性あるいは検査T陽性になる疾患のうち、事前確率が非常に低い場合にはそれを無視しても大きな誤差は出ない。

実際にこのような計算をしなくても、医師は直感的に次のように考えている。

・頻度の高い疾患で、陽性率の高い所見が陽性の結果の場合に、その疾患の可能性が一番高い。
・所見の陽性率が高くても、もともとその疾患がまれな疾患であれば、所見が陽性の場合でもその疾患の可能性は低い。
・頻度の高い疾患であれば、所見が陰性でもまだその疾患の可能性があると考える。
・頻度の高い疾患であれば、陽性率の低い所見が陰性の場合でも、まだその疾患の可能性があると考える。
・その疾患で陽性率が高く、他の疾患や健常者では陽性率の低い検査を重要視する。

確率とオッズ

確率 Probabilityもオッズ Oddsも事象 Eventが起きる可能性を表す数値指標である。確率の場合、絶対に起きる事象の確率は1.0であり、絶対に起きない事象の確率は0である。確率が0.5であれば、事象が起きるか起きないかは五分五分である。

オッズは事象の起きる確率と起きない確率の比である。なお、事象の起きる確率と起きない確率の和は1.0である。

オッズと確率は互いに変換することが出来る:

オッズ = 確率/(1 − 確率)
確率 = オッズ/(1 + オッズ)

たとえば、確率0.5はオッズ1.0となる。オッズは数値が1より大きいほど事象の起きる確率が高くなり、1より小さいほど確率が低くなり、1.0で五分五分となる。

尤度比とオッズ

尤度比とオッズを用いると、所見が陽性の場合の疾患であるオッズ=検査後オッズを簡単に求めることが出来る。

検査結果が陽性の場合:
検査後オッズ = 検査前オッズ×陽性尤度比

検査結果が陰性の場合:
検査後オッズ = 検査前オッズ×陰性尤度比

たとえば、感度0.9 (90%)、特異度0.95 (95%)の検査の場合、事前確率が0.2で、検査結果が陽性に出たとすると:

陽性尤度比 = 0.9/(1 − 0.95) = 18

検査前オッズ = 0.2/(1 − 0.2) = 0.25
検査後オッズ = 0.25×18 = 4.5

オッズを確率に変換すると:
検査後確率 = 4.5/(1 + 4.5) = 0.82

陽性尤度比 LR+、陰性尤度比 LR-はBest Evidence 5[3]などで、さまざまな検査、疾患について発表されている。

複数の検査の場合

複数の検査の結果から、事後確率を求める場合には、それぞれの症状や検査が独立していれば、上記の計算を連続して行うことが可能である。

特にオッズと尤度比を用いる場合には、連続して掛け算を行えばよい:

検査後オッズ = 検査前オッズ×検査1の尤度比×検査2の尤度比×検査3の尤度比・・・


ベイズの定理を用いる場合には、最初の計算で得られた事後確率を事前確率として次の計算を行い、これを繰り返す。

しかしながら、症状や検査が独立しているかどうかを決めるのは難しい。一般に、独立性を無視して計算を行うと、事後確率が過大になる。

これを克服するには、複数の症状や検査をまとめて1つの所見とみなし、その陽性率を用いることが一つの方法である。

今後、多変量解析、特に多重ロジスティック回帰分析、を用いて、ある疾患とそれ以外を鑑別するのに意味のある独立した因子を探し、それらを組み合わせてコード化して、その陽性率を明らかにして、それらを用いてベイズの定理に基づいた診断システムを構築することが可能と考えられる。

また、一定の診断の局面では、多変量解析に基づいた、確率式を用いて疾患確率を算出することも可能である。

文献

[1] Sackett DL, Straus SE, Richardson WS, Rosenberg W, and Haynes RB: Evidence-based medicine: How to practice and teach EBM. (2nd edition), 2000, Churchill Livingstone, London, UK.

[2] Thomas Bayes: An essay towards solving a problem in the doctrine of chances. Philosophical Transactions of the Royal Society, 330-418, 1763.

[3] American College of Physicians (ACP), American Society of Internal Medicine (ASIM) よりCD-ROMが発行されている (http://www.acponline.org/)